les impressions et les expressions

山手線地下街

Le Centre Commercial Souterrain long de la Ligne Yamanoté
originel, 14 juin 2026

山手線地下街をご存じだろうか。

山手線地下街という単一の名前の地下街があるわけでは決してない。だから街中の看板でこの名前をお目にかかることはできないし、およそ一般には知られていない言い方だ。しかし、だからといって決して一部の好事家たちの間の俗称に過ぎないというわけでもない。というのも、山手線地下街協会、というのが存在するからだ。

高度経済成長期以降、交通公害から自由な広い土地を求め、地下街は日本各地で発達した。その法律上の定義は、道路の地下に建設されたために、道路構造物の一部として道路法の規制を受けている地下商店街をいう。首都東京では、地下街をもとめる需要はいちだんと大きく、最古にして今日までその命脈を保っている浅草地下街を皮切りに、地下街が次々と建設されていった。それらの中には、拡大を続けるうちに、近隣の地下街と相互に接続してしまうものもちらほらあった。また、法律上の地下街としては連綿と繋がっているわけではないものの、ある建物の地階の両側がべつの地下街と繋がっていて、事実上歩行者の回遊路として一体を為すに至っているものまで含めれば、こうした地下街同士の有機的な連接は枚挙にいとまがない。1980年代も後半になると、特に多くの地下街が建設された山手線近辺では、路線一周のうち、神田駅~東京駅~品川駅~大崎駅~渋谷駅~新宿駅までの半周がほとんど連綿と続くに至ってしまった。そこで、地下街同士の一体的な発展を企図し、主に地下街への出店者と管理者たちの間で内内に山手線地下街という概念が用いられるようになり、ついに平成2年、山手線地下街協会として結実したのである。

山手線地下街という呼び名には馴染みがないかもしれないが、それを構成しているひとつひとつの地下街のいくつかは、読者諸賢にとってもきっとなじみ深いものであろう。

山手線地下街の始まりを飾るのは、神田メトロ地下街だ。飲み屋街として新橋と双璧を為す神田は、昭和4年の地下鉄開業と同時に、当時の銀座線の運営事業者である東京地下鉄道の副業施策の一環として、地上の地下鉄ストアーを迎えた。東京地下鉄道が営団地下鉄として公営化されたのちも、この多角化経営施策は続き、昭和20年代に開業した最初の地下街である浅草地下街に続き、二番目の地下街として、この神田メトロ地下街が誕生したのである。その歴史の古さゆえに、地下街には時代を感じさせる立ち飲み屋や生活雑貨店などが軒を連ねるが、神田という立地もあって、違和感なく地上の景色に接続している。一方の地下鉄入口側はといえば、近年の銀座線改良プロジェクトによる現代化で、ちぐはぐな断面という印象を覚える。

ここまで読んで、それでは山手線ではなく地下鉄の地下街ではないか、と眉を顰める読者もいるであろう。それはまさしくその通りで、山手線地下街は地下街側の自発的な取り組みであるから、JRは特に関知しておらず、このように山手線関係というには怪しいものも多い——というよりほぼすべてがそれである。

神田メトロ商店街の先端の、人通りが少なくなってきて、ほの暗さばかりがまさるところに来ると、あるところで店の軒が突然終わって道が狭くなる。ここから80mほどこの狭い通路を抜けると、千代田線大手町駅のいちばん北の出口だ。80mという長さにしては、大柄の人がすれ違うとちょっと足らないくらいの幅、そしてこの道が途中で直角に折れ曲がっていて先が見通せないこともあって、必要以上に長く感じられ、またその薄気味悪さから人通りはっ非常に少ない。じつのところ、山手線地下街協会が出来た当初はこの通路はなくて、ここだけ地上連絡扱いになっているというなんちゃってであった。もっともその間に山手線のガード下をくぐると、雰囲気としてはそこもまた地下街とあまり変わらない感じであったのだが。こういうことは公式の記録には残さないものであるから、やや憶測が混じるものであるが、どうにも数年後に、道路整備の予算が三月に余ったとかどうやらそういう事情でおまけで作られた通路であるらしい。

この千代田線の出口の北端というのは、その次にある出口が経団連への直通出口であるのもあって、途端に高級感のある見た目の空間になるものだから、地味な狭隘通路との差はいっそう甚だしく見える。さて、ここからは千代田線~東西線~北自由通路~八重洲地下街と、なんとただの地下鉄の通路になる。これは地下街でもなんでもないように思えるが、そういう無理やりさが山手線地下街の持ち味だ。だからこそ協会としてなにか活発な仕事をするような集客の共通性もなく、協会も、山手線地下街という概念も知られないままなのだろう。

八重洲地下街は、言わずと知れた都内最大の地下街で、これは山手線地下街としては珍しく、国鉄と建設省が覚書を交わして整備したものであるから、きちんと国鉄→JRが関わっている。平成に入ってからはラーメンストリートができたり、バスターミナルが立地するようになったりと、ますます発展を重ねているところだ。

八重洲地下街の南端はいくつかのビルの地下を通じて有楽町の国際フォーラムに、そしてさらにもういくつかのビルの地下を通じて交通会館につながっている。この間、山手線地下街は二回目に山手線の下をくぐることになる。とにかく山手線のまわりにある地下をすべて寄せ集めた闇鍋のようなものだから、実際にそのルートを辿ろうとすると、山手線の内側にいったり外側にいったりと、まるで酔漢のようだ。

交通会館の地下は、道路法上の地下街ではないが、アンテナショップや謎の占い、マッサージ店などがあり、いかにも地下街といった風合いだ。そこから電気ビル、富国生命ビルなどを通って内幸町に渡ると、今度は新橋地下街に至る。新橋地下街もまた、当初は営団系の地下街であったが、ニュー新橋ビルの完成時に同ビルに売却され、同ビルが一環して管理を行っている。ニュー新橋ビルもまた、令和には珍しくなってしまった古い時代のビルに、飲み屋やら金券屋やらが密集しているところであるから、一貫管理というのは実のところ正解だと思う。というよりも、営団が新橋という立地を持て余したというのが実情かもしれない。

ニュー新橋ビルから、浅草線のホームを辿ると、汐留シオサイトに行くことができる。汐留シオサイトはイタリアを意識した景観の街並みが計画的に形作られており、ニュー新橋ビル+新橋地下街とは全然違う雰囲気だ。そして八重洲地下街ぶりの明るさ、じめじめしていない感じでもある。全くちがう地下街を、地下鉄の駅構内という万能接着剤で無理やり繋いでいる感じだ。いや本来繋がっていないものを繋がっていると言い始めたというほうが正しいのだが。

汐留シオサイトから、鈴木俊一都政の時代に作られたモダニズム的な芝浦ポートウォークを行くと芝浦だ。その南限は浜松町駅北口で、実はここで一旦地下街のルートは途切れてしまう。次に地下の商業空間が始まるのは田町駅南口から始まる高輪ゲートウェイだ。じつのところ、これまでは浜松町駅から品川駅まで長い断絶があり、山手線地下街も大きく二つに分かれていたのだが、今春の高輪ゲートウェイ開業、そしてそれが品川駅と接続されたことで、断絶区間がわずか一駅になった。山手線地下街界隈(というほどでもないが、好事家の間では)そのため、高輪ゲートウェイは別の意味でホットな話題であり、それが今回この記事を執筆した動機でもある。また、高輪ゲートウェイ地下は八重洲地下街ぶりにJRがかかわっている区間だ。

高輪ゲートウェイは、田町駅の少し南から品川駅の少し北まで続いているひじょうに細長い商業施設で、いくつものビルが地上のデッキと地下の通路で繋がっているさまが非常に特異だ。もとはJRの車庫があったが、東海道線と東北線が平成27年に直通し始めたことによる東京駅発着列車の削減も相俟って、車庫機能が郊外に集約されることになり、その跡地が不動産開発の用地となったものである。

高輪ゲートウェイは、品川駅北口に接続しており、階段を上がると駅の一階に出ることができる。これも地下街の連綿性としては非常に怪しいところで、一度地上に出てしまうのだからもはや地下街でもなんでもないが、まあ建物の中であるからよしということなのだろう。品川駅はいまリニアの開業も見据えて大規模な工事をやっていて、そのうち地下でも繋がるようになりそうな期待がある。

ここからは京急の百貨店「ウイング品川」や、日本マイクロソフトの本社が入居することで知られるグランドセントラルタワー、大崎MTビルなどの民間のビルを通って大崎に至る。この区間は地上にもスカイウェイというデッキがあるが、地下のテナントの通路には特に名前がない。

大崎と五反田の間には目黒川が流れていて、この川の前後で景色が大きく変わる。大崎駅からしばらくは高級なオフィスビルの地下の飲食店街を亘って続く山手線地下街も、この目黒川の橋のたもとで二度目の断絶だ。川はよほどの動機がないかぎり越えられないから、フランケンシュタインのような寄せ集めの山手線地下街にとってはむづかしい箇所だ。橋の長さは10mほどしかないが、この区間の断絶だけは、未来永劫解消されないであろう。

五反田駅周辺の地下は五反田サンストリートになっている。これは都営の地下街で、五反田はいまでもごみごみしているが、一応南口には大きな建物がいくつかあって、これらを建設するときに、闇市を起源とする既存の店舗への補償として作られたのが、この五反田サンストリートである。


ここから先はメンバーシップ限定記事になります。嘘です。書いていて力尽きたのでメンバーシップ(加入方法がない)ということで誤魔化していきたいと思います。

本記事の内容は虚構です。山手線地下街という取り組みは存在せず、また上記の建物のうちいくつかは実在しません。また、地理的にも地図を見ながら読むとおかしいところが若干あります。

地下街ってロマンですよね。モントリオールにある世界最大の地下街は、総延長が20kmにも達するそうです(一直線に20kmではないので蟻の巣ってすごい長いみたいなそういう話)。ということでした。

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